2010年の振り返り&2011年の目標 - ほぼ毎日 英語学習日記 ~ 英語holic ~

2010年の振り返り&2011年の目標

あけましておめでとうございます。
昨年も数年来の目標であるTOEIC900点を達成できませんでした。というか、昨年はTOEIC受験すらしないという怠惰なものでした。もう過ぎてしまったことなので軽く反省し、気持ち新たに今年の目標に向かって頑張りたいと思います。

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2010年度の念頭にたてた目標は以下の4つで、達成できたのはたった一つ。
甘い味方ですが一つだけでも達成できたのでよしと考えます

①TOEIC900点 ⇒×
②プライベートレッスン合計30回以上 ⇒×(18回)
③英語日記 200回以上 ⇒×(90回程度)
④英検準1級合格 ⇒○ (証拠はここ


英語再学習を開始したのが2002年でその頃に比べると英語力は格段に上がりました(当初はTOEIC300点台でした)。が、ここ2、3年はたいした進歩もありません。その原因は明確で、単なる勉強不足。ここ数年は英語以外のこともあれこれとやっており以前に比べ英語にかける時間が減っています。忙しくてできなかったというのは単なる言い訳で、忙しくてもやる人はきちんとやるので、忙しかったはできなかったの理由にはなりません。私の場合できなかったことの原因は、他のことへの優先順位が英語よりも高くなってしまったこと。以前は日常生活の中で「英語」はかなり上位にいましたが、今はその順位が若干下がっています。

でも英語がストレスなく話せたり、きけるようになることを最終目標としており、その思いは変わず強く持っています。ストレスないレベルまで達することで、より可能性が広がり、自分の今後の人生を少なからず豊かにするのは確実。なので、この目標を達成するためにはもっと努力をしないといけないわけです。私はストイックにやるのは性に合わないので、これまで通りマイペースで続けていくつもりですが、これまでと同じではきっと今年も大した変化はないので。今年は日常生活のなかでの英語の優先順位をあげて一歩先に進むべく以下の目標をたてました。


①TOEIC900点
今月末に受験予定ですがさすがに今月達成は難しいと思いますので夏頃を目途とします。


②プライベートレッスン合計25回以上
週1ペースが目標なので、たまの休みをいれても最低40回と言いたいところなのですが、そう考えていても昨年は18回しか受けられなかったため、欲張らないことに。


③英語日記・英語メール 300回以上
これはとにかく毎日英語を書くという意味で設定。外人の友人や英語の先生とのメールのやりとり、Lang8への投稿など手段はいろいろありますが、どれがどのくらいとか関係なく大雑把に毎日最低1回は短文でも英語を書くことを実践するための目標。本当は365回とすべきですが若干ゆるめに300回にしておきます。


④英語ニュース記事 300回以上
これも③と同じ理由で、「英文を読む」ための目標。



「Listening」「Speaking」「Reading」「Writing」をバランスよく実践することでベース力アップを目指します。英語学習をしなくなったといってもListeningに関してはそれなりにやっています(英語ニュース、海外ドラマなど平均すると最低1日1~2時間は英語を聞く機会をキープしている)ので、強化するのは残りの3つ。特に「Reading」「Writing」を今年こそは強化したいです。



そして今年早々に実践しようと思っているのが「断捨離」。遅ればせながら本を読んでその気になっています。去年かなりしたのですがまだまだ捨てられないでごちゃごちゃしているものがあるのできれいさっぱり断捨離する予定です。そうすることで目標達成もしやすくなると思います。





■英語の日めくりカレンダー&英語手帳
私は手帳はお気に入りのがあるのでそれを使っていますが、カレンダーは英語の日めくりを使っています。去年も使っていました。毎日必ずしもみるわけではないのですが、モチベーションアップによいツールです。



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英語圏に行けば、片言の英語でも通じる。暮らしてゆける。
完全な英語でなくても、英語環境がととのっているから通用するのである。
英語環境がととのっていれば、そのうちに、英語も上達する。

我が国においては、どんなに英語が堪能であっても就職先に困る。
それは、人々が英語を使わないからである。これでは、暮らしがなりたたない。

日本の学校で6年間英語の授業を受けてもまず話せるようにならないのは、英語環境がととのはないからである。
一歩学校の外に出ると英語を使わないのでは、せっかく習った英語も錆ついてしまう。
日々の学習努力も賽の河原の石積みとなっている。

日本の学生のために英語環境を整えることが、語学力を増すことにつながると考えられる。
それには、英語を我が国の第二公用語にするのがよい。
国民も政治指導者も、英語の使用を日本人のあるべき姿と考えることが大切である。

国際社会において、我が国を代表する政治家にも英語の堪能さが見られない。
日本語のみを使用する社会において、実用にならない言語の学習は空しいばかりである。それにもかかわらず、我が国においては英語教育に名を借りた序列争いばかりが激しく行われている。
英語の学習を民間に奨励するだけでは充分ではなく、英語を習得したことに対する国家の強力な報奨(incentive)が必要であります。
英語を実用の言語とする政治指導者のさきを見据えた努力が大切です。
たとえば、公務員採用試験に英語の能力にすぐれた人物に優遇処置を施すなどの法的裏づけなどが効果的でありましょう。

英米人には、手先・目先の事柄に神経を集中する特技は得られないようである。かれ等は、生涯、歌詠みにはなれないでしょう。
日本人には、英語を使って考えることはきわめて難しい。しかし、これは不可能ではない。全員ではないが、知識人には為せばなる学習であると私は考えています。
わが国民の作る細工物は出来栄えが良い。なおその上、英米流の哲学にも良き理解を示す民族となれば、未来の日本人は鬼に金棒ということになるでしょう。
だから、英語を我が国の第二の公用語とすることには大きな意義があります。実現の暁には、我が国民のみならず、世界の人々に対しても大きな未来が開けることと考えられます。

一見我が国は教育大国を目指しているようであるが、大人の教育はない。つまり、子供が大人になるための教育はない。
我が国においては、教育といえば子供の教育のことを指している。目先・手先のことのみを述べる人は、子供のようである。
大人には考える教育が必要です。一人一人に哲学が必要です。
現実と非現実の間に区別を置くことなく語る人の内容には意味がない。だから、日本の知識人には価値がない。

「感情的にならず、理性的になれ」と国民に訴える指導者がいない。
「国民の感情に反する、、、、、」と言うのでは、主張の論拠にならないが、それのみを言う。
感性 (現実) あって理性 (非現実) なし。我が国は、一億総歌詠みの国にとどまっている。

大学生は入学しても、キャンパスで4年間遊んで過ごすことになる。
無哲学・能天気の大学生は、平和ボケ・太平の眠りの中にいる。
「入学を易しく、卒業を難しく」というような教育方針は現状を観察すれば空しい限りである。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812


2011-01-03 11:53 | from noga | Edit

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